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東京地方裁判所 昭和51年(行ウ)133号 判決

原告 小原清三

被告 東京都知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

被告が昭和五一年六月一六日付で原告に対してした休職処分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

主文同旨。

第二当事者の主張

(請求原因)

一  原告は、昭和四九年三月一日付で東京都清掃局の主事として採用され、東京都清掃局板橋東清掃事務所に勤務する単純な労務に雇用される一般職に属する地方公務員である。

二  原告は、昭和五一年三月一九日「三・一九春闘勝利青年労働者中央総決起集会」に参加しようとして明治公園青山口前路上において逮捕され、引き続き勾留された後、同年三月三〇日軽犯罪法違反の罪により、次いで同年四月二二日贓物運搬の罪名によりそれぞれ起訴された。そこで、被告は、同年六月一六日、別紙処分理由にもとづき原告に対し地方公務員法二八条二項二号により分限処分としての休職を命じた(以下「本件起訴休職処分」という)。

三  しかしながら、本件起訴休職処分は、違法であるから、取り消されるべきである。

(請求原因に対する認否)

請求原因第一、二項の事実は、認める。

(被告の主張)

原告は別紙記載の公訴事実により請求原因二記載のように起訴されたものであるが、原告の地位・職務内容、公訴事実の内容、罪名及び罰条等諸般の事情を考慮すると、原告が引き続き公務に従事することは、次に述べるように、公職の信用を失墜するおそれ、職場の秩序維持に影響を及ぼすおそれ及び職務専念義務の遵守に支障を生じるおそれがあるものと認められるので、被告は、その裁量により、原告を本件起訴休職処分に付したものである。

一  原告は、昭和五一年三月一九日、凶器準備集合罪の容疑で現行犯逮捕されたが、同日付の各夕刊紙には右事実に関連した記事が掲載された(このうち、日本経済新聞、読売新聞には、原告の氏名も記載された)。これに加えて、原告が起訴された公訴事実の具体的内容、罪名及び罰条によれば、原告の行為は、反社会的性格の強い犯罪行為である。このような刑事事件に関して起訴された原告を引き続き公務に従事させることはその職務遂行に対する住民一般の信頼をゆるがせ職員の職全体の信用をそこなうおそれがあり、また、東京都の行政姿勢と執務体制に対する住民一般の不信を招来するおそれがあるばかりでなく、事業執行上不可欠な住民の理解と協力の確保に困難をきたし、公務の能率的な運営を阻害し、公務に対する信頼を失墜させるおそれがある。このことは、原告の職務内容が「単純な労務」に該当し、その地位が労務系一般作業の「主事」にすぎないとしても、そのことによつて緩和されるものでない。

二  原告は、本件起訴休職処分当時、すでに一〇〇日近くにわたり勾留を継続されていたので職務に専念することができず、職務遂行に重大な支障が生じており、また、原告が近い将来拘束をとかれた職務に従事することができるようになると予測される特段の事情もなかつた。仮に原告が近い将来拘束を解かれることがあるとしても、原告は、前記勾留期間中の昭和五一年四月一三日までに有給休暇を使い果し、同月一四日からは私事欠勤していたので、原告が公判期日への出頭義務を尽くそうとすれば、休暇のやりくりがつかず私事欠勤によらざるを得なかつたものであつて、かかる私事欠勤が断続的にせよ比較的長期間に及ぶとすれば、勤務に支障を生じ、職務に専念することができないおそれがあつた。

三  原告が現行犯で逮捕されたことが新聞紙上で報道され、そのうえ昭和五一年四月一〇日原告の行為に関して東京都清掃局板橋東清掃事務所が四谷警察署員らによつて捜索を受けたことは、職場の他の職員に対し相当の精神的動揺を与えた。原告がこのような事態を引き起こししかも起訴された以上、原告を引き続き職務に従事させることは、職場に少なからず悪影響を及ぼし、ひいては職場の規律及び秩序を乱すおそれがあつた。

(被告の主張に対する認否)

原告が昭和五一年三月一九日凶器準備集合罪の容疑で現行犯逮捕されたこと、同日付の各夕刊紙は右事実に関連した記事を報道したが、このうち日本経済新聞、読売新聞は原告の氏名を掲載したこと、原告に対する窃盗罪の容疑で東京都清掃局板橋東清掃事務所が捜索を受けたこと、原告が別紙記載の公訴事実により起訴されたこと、原告は昭和五一年四月一三日まで有給休暇をとつており同月一四日以降は私事欠勤をしていたことの各事実は認めるが、その余の事実は否認する。

(原告の主張)

一  起訴休職制度の違憲性

起訴休職制度を定めた地方公務員法二八条二項二号は、以下のとおり憲法に違反するものであるから、右規定に基づき起訴休職処分をすることは許されない。

1 現行法における起訴休職制度は旧憲法下における文官分限令の規定を踏襲したものであるが、旧令下では官吏である文官にのみ適用されていたのに現行法が機械的肉体的労務提供者を含む公務員すべてに一律にその適用範囲を拡大したことは、その合憲性に強い疑いを生じさせるものである。

2 刑事訴追を受けた者は、有罪判決を受けるまでは、刑事手続の上だけでなく社会生活一切の関係のうえにおいて無罪の推定を受けることを保障されるべきものであるが、起訴休職制度は、無罪推定の原則に反し、犯罪の嫌疑のみによつて刑事罰に比すべき給与、退職金等種々の面における不利益を課するものであり、合理性のない苦痛を強いるものであつて、憲法一三条、三一条に違反する。

3 起訴休職制度の理由としてあげられる職務専念義務の違反ないし労務不提供による障害の防止は、元来右制度の理由とはなし得ないものであつて、このような合理性を欠く根拠によつて職員に不利益を課する起訴休職制度は、憲法一三条に違反する。

二  処分理由の不存在

原告は軽犯罪法違反の罪及び賍物運搬罪で起訴されたが、原告がこのような状態で公務に従事したとしても以下に述べるように、公職の信用を失墜させるおそれ、職場の秩序維持に影響を生ずるおそれ及び職務専念義務の遵守に支障が生ずるおそれはなく、本件起訴休職処分は、事実を誤認した違法なものである。

1 原告は、公訴を提起された各犯罪行為を行つていない。すなわち、原告は、現行犯逮捕された当時、その運転していた車輛が盗難車であつたことはもちろん車輛の積荷の内容を全く知らなかつた。また、客観的にみても、本件では犯罪の成否が微妙である。このような状況の下では被告主張のような起訴休職処分の理由は生じない。

2 起訴休職処分は、起訴すなわち有罪であるという世間の偏見を是認するものであり、このような偏見を根拠に起訴された職員を引き続き職務に従事させることが公職の信用を失墜させるとか職場の秩序維持に影響を生ずるおそれがあるとして休職処分に付することは、許されない。刑事事件で起訴されてもその有罪判決が確定するまでは無罪の推定を受けるのであるから、この前提に立つ限り、公職の信用を失墜させるとか、職場の秩序維持に影響を及ぼす等というおそれは、あり得ない。

原告が凶器準備集合罪で逮捕されたとの記事が新聞に掲載されたが、原告が起訴された罪名は軽犯罪法違反であつた。また、窃盗罪の容疑で捜索差押を受けたが、その結果何ら犯罪の成立を裏付ける証拠は見出されなかつたし、原告は右被疑罪名で起訴されなかつた。そうであるとすれば、右新聞報道及び捜索差押を受けたことが公職の信用を失墜させ、職場の秩序維持に影響を与えたという理由にはなり得ない。かえつて、職場の職員は、原告の逮捕を警察に抗議したり、本件起訴休職処分に対しても総務局監察室に抗議に行つたりしたのであり、職場には「小原君を守る会」が結成された。また、原告の釈放後、原告が職場に出て来ることを嫌つた職員はいなかつたし、原告が従来の作業に就労することを拒否した者もいなかつたのである。このように原告が就労することにより職場の秩序が乱されたことはない。原告に対する休職処分は、ただでさえ絶対的人員不足である清掃業務に対し更にそれを助長させるものであり、かえつて住民サービスを低下させ公務の信用を失墜させることにつながるものである。

3 原告の職務内容は、ごみの収集作業という機械的労務の提供にすぎないのであつて、原告が起訴されたことによつて、職務遂行に対する国民の信頼が崩れることはなかつたし、職場秩序が乱れるという事態も生じなかつた。また、清掃作業車の運転手の半数以上は、公務員としての身分を有しない下請の民間会社の社員ないし日雇者であり、その中には他企業で解雇された者や刑事事件で係争中の者もいる等東京都はその下請会社の社員の身分、経歴については十分把握していない実状にある。すなわち、被告としては、ごみの収集作業が円滑に実施されればよいのであつて、職員の身分、経歴はそれ程問題としていないことが窺われるのである。

被告は、これまで清掃労働者に対し、公務員としての取扱はもちろん一個の人間としての地位さえも認めない取扱いをする等差別的取扱いをしてきた。このような差別的取扱をしてきた被告が、清掃労働者に対し公職の信用を害した等ということを理由に処分することはできない。

4 原告は、公判期日に出頭する義務を負つている。しかし、公判期日は、原告が労働者であることを考慮して月一回のペースでしかも半年先の期日まで指定されており、これは原告の有給休暇の範囲内で充分まかなうことができるものである。しかも、期日指定にあたつては、原告の申出があればその事情も十分考慮され、業務遂行に支障がある場合は、原告の申立と裁判所の配慮によつてその日の指定を避けることができるのであるから、原告の公判出頭が職務遂行に影響を及ぼす可能性は微々たるものにすぎず、他の職員に余分の負担がかかることはあり得ない。公判準備については、勤務時間外ですることが十分可能であることは言うまでもない。また、保釈は、原告が、保釈条件を守つている以上取り消されることはないのであり、その取消しの可能性のみで休職処分の可否を判断することは相当でない。

三  裁量権の濫用

本件起訴休職処分は、以下に述べるように、明らかに裁量権の範囲を超えこれを濫用した違法な処分である。

1 本件においては、原告の地位、職務内容、職場の状況公判期日の指定状況等について前記「処分事由の不存在」において述べたような事情があり、このような事情を無視して本件起訴休職処分をしたことは、裁量権の濫用であつて、違法である。

2 原告は、凶器準備集合罪で逮捕されたことを新聞に掲載され、また窃盗罪の容疑で捜索差押を受けたが、これらの罪名では起訴されなかつた。被告は、本件休職処分にあたつて、このように検察官が公訴提起できなかつた事実を主要な判断材料としている。しかも、原告は、右公訴を提起された事実について一貫して犯罪の成立を争つており、実際客観的状況からしても犯罪の成立が微妙である。被告は、このような事実を無視し、本人の意見も聞かず、また、原告が刑事公判廷において事実を否認しているという事実を調査せず、捜査当局の情報を唯一のよりどころとして本件起訴休職処分をしたものであり、右処分は裁量権を濫用した違法なものである。

3 本件起訴休職処分は、他の清掃事務所の職員が刑事事件を引き起した場合の事例に比して甚だしく均衡を失するものであり、合理性を欠くものであつて、裁量権を濫用してされた違法なものである。

四  不当労働行為

原告は、本件起訴休職処分当時職員団体である東京清掃労働組合板橋東支部の組合員でありかつ青年部長であつたが、昭和五〇年八月ころより、減員減車反対闘争、不当配転反対闘争を行つていた。本件起訴休職処分は、原告のこのような闘争活動を嫌忌し捜査当局と一体となつてこれを圧殺しようとしたものであり、不当労働行為にあたる。

(原告の主張に対する認否)

原告が東京清掃労働組合板橋東支部の組合員であり、かつ、青年部長であつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因一、二の各事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件起訴休職処分の適法性について検討する。

1  起訴休職制度の合憲性について

地方公務員法二八条二項二号は、職員が刑事事件に関し起訴された場合は、その意に反して当該職員を休職することができる旨起訴休職の制度を定めている。

ところで、「すべての職員は、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、且つ、職務の遂行に当つては、全力を挙げてこれに専念しなければなら」ず(同法三〇条)、「その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、当該地方公共団体がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。」(同法三五条)のであり、また、「その職務の信用を傷つけ、又は職員の職全体の不名誉となるような行為をしてはならない」(同法三三条)のである。職員が刑事事件に関し起訴された場合には、当該職員の地位、職務の内容、公訴事実の具体的内容、罪名及び罰条等のいかんによつては、そのような者が現に職務に従事しているということによつて、職場規律ないし秩序の維持に悪影響を及ぼすことがあるのみならず、その職務遂行に対する住民一般の信頼をゆるがせ、ひいては官職全体に対する信頼を失墜させるおそれがあるのであり、また、刑事被告人は、原則として公判期日に出頭する義務を負い、一定の事由があるときは勾留されることもあり得るのであるから(刑事訴訟法六〇条)、職員としての職務専念義務を全うすることができず、公務の正常な運営に支障を生ずるおそれがあることも否定することができない。

地方公務員に対する起訴休職の制度は、右のような悪影響ないし支障を生ずるおそれのある職員をその身分を保有させたまま、一時的に職務に従事させないこととし、それによつて職場規律ないし秩序の維持、公務員の職務遂行に対する住民の信頼ひいては官職に対する信頼の保持及び公務の正常な運営の確保を図ろうとするものである。しかも、この制度は、必要的休職の制度でなく、以上のような趣旨目的に制約された範囲内における任命権者の裁量によつて行われるものなのである。また、休職を命ぜられた職員は、公務に従事することができないけれども職員としての身分は保有し、その休職の期間中、給料、扶養手当、調整手当及び住宅手当のそれぞれの一〇〇分の六〇に相当する額の支給を受けることができることとされているのである。

このように、起訴休職制度は、合理的な理由に基づいて公益上必要最小限度内の制限ないし不利益を課することを定めたものであるから、憲法一三条に違反するものではない。

また、無罪推定の原則の根拠を憲法三一条に求めるとしても、右原則は、刑事裁判における被告人の人権保障の思想を表現したものであり、社会生活一切の関係においてまで無罪の推定をすべきことを内容とするものとは解されないところであるが、起訴休職制度は、起訴された職員を有罪であると推定して休職を命ずるものではなく、起訴されたこと自体を要件として前記のような趣旨・目的の下に行政上の措置として処分を行うものであるから、起訴休職制度は、無罪推定の原則になんら反するものではなく、憲法三一条に違反するものとはいえない。

また、前述の起訴休職制度の趣旨・目的は、旧憲法下の身分的公務員制度から脱却して、公務に従事する者をひとしく公務員として取り扱い、その職務と責任に応じて、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務することとされている地方公務員全般に妥当するものというべきであるから、単純な労務に雇用される者を含む地方公務員に一律に起訴休職の制度が適用されることとされているからといつて、直ちに違憲の問題を生ずるものではない。

したがつて、この点に関する原告の主張は採用することができない。

2  処分理由の存否について

(一)  本件公訴事実の存否

原告は、公訴を提起された犯罪行為を行つていないし、また、客観的にみても犯罪の成否が微妙である本件においては、被告主張のような起訴休職の理由は生じない、と主張する。

しかしながら、公訴事実の存否は、本来当該事件の係属する刑事裁判所において確定されるべき事柄であるから、任命権者は、起訴休職処分をするにあたつて、公訴事実の存否についてまで立入つて調査判断する必要はなく、その公訴事実に基づく公訴の提起によつていかなる支障、悪影響が生ずるかを判断すれば足りるものというべきである。

したがつて、原告が公訴を提起された犯罪を行つていないとか犯罪の成否が微妙であるというような事情の存在は、被告主張のような支障悪影響の発生を否定することになるものではなく、本件起訴休職処分の適法性を左右する事由とはなり得ないものというべきである。

(二)  住民の信頼に対する影響

東京都職員は、職務の内外を問わずその官職の信用を傷つけ、又は官職全体の不名誉となるような行為をしてはならないことは、前述のとおりである。ところで、原告が逮捕されたことに関するニユースが、当時の新聞に報道され(一部の新聞には、原告の氏名も掲載された)、その後、別紙記載の公訴事実及び罪名により起訴されたことは、当事者間に争いがない。右公訴事実の存否は刑事訴訟において確定されるものであるにせよ、右公訴事実として掲げられた原告の行為は、それが事実であるとすれば、一般社会人としての節度を著しく逸脱し、東京都の職員としての本分に反する違法、不当な行為で住民一般の強い非難を受けるような性質のものであることが明らかである。しかも、右公訴事実のうち、賍物運搬の罪は刑法二五六条二項によつて処断されるから、その法定刑は一〇年以下の懲役及び二〇万円以下の罰金である。そうすると、仮に将来右事件について原告の有罪判決が確定したときは、その罰条に照らし、地方公務員法一六条二号に定める欠格事由に該当する可能性がある。したがつて、原告がこのような公訴事実に基づいて起訴されたということは、そのこと自体で原告に公務員としての信用失墜行為があつたのではないかという疑惑を住民一般に抱かせるに充分であつたといわざるを得ない。そうすると、原告を引き続き職務に従事させる場合には、その職務遂行に対する住民一般の信頼をゆるがせ、ひいては官職全体に対する信用を失墜させるおそれがあるものというべきである。このことは、原告が、ごみ収集作業という機械的、肉体的な労務の提供をするにすぎない単純な労務に雇用される者の地位にあるとしても、これが緩和されるものではない。けだし、原告も公共の利益のために勤務する地方公務員としてひとしく信用保持義務を負うのみならず、証人山田達三の証言によれば、当時、廃棄物処理問題に関する社会的関心が高まり被告としてはこの問題を最重要政策の一として鋭意取組んでいたものであることが認められ、このような状況の下において、都民と直接かつ密接な接触を保ちながら、被告の重要な行政の一端を担う原告においてはより一層の信用保持義務を負うことが要求されることはまた当然のことであるからである。

(三)  公務の正常な運営に対する支障

原告が、昭和五一年三月一九日、凶器準備集合罪容疑で現行犯逮捕され、同年九月六日釈放されるまでの間勾留が継続されたこと、原告は、同年三月一五日から同年四月一三日まで二五日間年次有給休暇をとつており、同月一四日以降は私事欠勤となつていたことは、当事者間に争いがない。右事実によると、原告は、本件起訴休職処分発令の日の昭和五一年六月一六日当時、すでに約九〇日にわたつて勾留が継続されていたのであり、この間職務に従事することは全く不可能であつた。しかも、公訴事実の具体的内容及び原告が起訴後も長期間にわたり勾留されていたことからすると、原告が間もなく身体の拘束を解かれて職務に従事することができるようになると予測される事情もなかつたものというべきである。

更に、証人越智恒温の証言及びこれにより真正に成立したと認められる乙第九号証並びに証人山田達三の証言によれば、板橋東清掃事務所では、職員は、「ごみ処理作業計画車両および職員編成表」により定められた収集区と班編成に従つて収集作業にあたつているが、右担当割された職員が年次有給休暇、疾病等で欠勤した場合にはこれに代つて予め配置されている予備の職員がそのなすべき作業を行い、またその職員が休職となつたときにそれによる欠員を補充し職員の配置をし直すことができることになつていたことの各事実が認められる。したがつて、原告が勾留されていた間原告の行うべき職務は予備の職員が代つて行つていたものと認められるのであるが、このように原告の勾留が何時終わるともわからないまま予備の職員の負担のもとに職務を遂行しなければならないことによつて生ずる円滑な業務の阻害も無視することができないものがあるといわなければならない。

したがつて、原告は、本件起訴休職処分当時、公務員としての職務専念義務を全うすることができず、そのことにより職務の遂行に重大な支障が生じまた、業務の正常な運営が阻害されていたことが明らかである。

(四)  職場規律ないし秩序に対する影響

原告が昭和五一年三月一九日凶器準備集合罪の容疑で現行犯逮捕され、同日の夕刊紙で右事実に関する報道がされた(このうち日本経済新聞、読売新聞には原告の氏名が掲載された。)こと、原告に対する窃盗罪の容疑により原告の職場である東京都清掃局板橋東清掃事務所が捜索を受けたこと、原告が別紙記載の公訴事実及び罪名で起訴されたことは、当事者間に争いがない。そして、右公訴事実が事実であるとすれば、一般社会人としての節度を著しく逸脱し、東京都職員としての本分に反する違法、不当な行為であり、また、有罪判決を受ければ欠格事由ともなることは、前述のとおりである。したがつて、前記のような当事者間に争のない事実が、職場の他の職員に相当の精神的動揺を与えたことは推認するに難くはないところであり、このような事態を引き起こした原告を引き続き職務に従事させることは職場規律ないし秩序に少なからず悪影響を及ぼすことを否定することができない。しかも前述のように勾留されていて全く職務を遂行することができない原告が、なおかつ職場における実働者に数えられ、その職務分担を他の職員が引き受けなければならないことによつて生ずる円滑な業務運営の阻害や不健全な状態の継続が、職場規律ないし秩序維持に悪影響を及ぼすこともまた、否定することはできない。

したがつて、原告を引き続き職務に従事させることが職場規律ないし秩序を乱すことになるのは、明らかである。

(五)  以上のとおり、本件においては、原告が起訴されたことにより、前記のように、住民の信頼に対する悪影響、公務の正常な運営に対する支障及び職場の規律ないし秩序維持に対する悪影響があつたものと認められる。

したがつて、この点に関する原告の主張も採用することができない。

3  裁量権の濫用の有無について

(一)  前記2説示のように、原告が刑事事件に関し起訴されたことにより、住民の信頼に対する悪影響、公務の正常な運営に対する支障及び職場の規律ないし秩序に対する悪影響が認められる本件の状況の下においては、被告が本件起訴休職処分をするについて十分な合理性、必要性があつたものというべきである。

(二)  原告は、本件起訴休職処分をするにあたつて、被告は、検察官及び警察の情報のみにより処分するか否かの判断をし、原告の弁解を聞いていないと主張する。

任命権者は、起訴休職処分をするにあたつて、起訴された刑事事件の公訴事実の具体的内容、罪名及び罰条、身体的拘束の有無等諸般の事情を的確に把握し、刑事事件に関し起訴された職員を起訴休職処分に付するのが相当であるか否かを決定すべきものであるが、この場合、公訴事実の存否について立ち入つて調査判断する必要のないことは先に述べたとおりであり、また、当該職員に対して弁解の機会を与え、事情を聴取することは、法令上必要要件とはされていない。すなわち、任命権者は、起訴休職処分をするにあたり、必要な事実関係を調査する過程で、必要がある場合にその限度で当該職員から事情を聴取しその弁解を聞けば足りるのであつて、起訴休職処分をするにあたつてこのような手続をとらなかつたからといつて、直ちに手続違背であるとか、公正を欠く不当な処分に該当するということはできない。本件においては、後記4で認定するように、被告は、総務局に原告が刑事事件により起訴された事実及びそれに関する諸般の事情等について必要な調査を行わせ、東京都職員懲戒分限委員会に分限処分の可否についての諮問をしたうえ、具体的な裁量により原告を本件休職処分に付したものと認められる。したがつて、捜査官の資料のみに基づいて本件休職処分を行つたものとはいえない。また、この間原告の弁解等を聞かなかつたのは、原告を休職処分に付するか否かについてすでに十分な資料を得たと判断したからであると推認される。そして、原告に対する本件起訴休職処分が、前記のとおり十分な合理性、必要性があつたものと認められることから考えて、原告から事情を聴取したり弁解を聞いたりする必要もなかつたというべきである。

(三)  原告は、原告に対する本件起訴休職処分は、他の刑事事件に関して起訴された職員に対する処遇の事例に比し均衡を失した不当なものである、と主張している。

証人越智恒温の証言及び原告本人尋問の結果によれば、昭和五二年八月ころ東京都清掃局八枝事業所の職員が、作業中業務上過失致死事件を引き起こし、東京地方裁判所に起訴されたが、起訴休職処分には付されなかつたこと、昭和五三年九月ころ、江東清掃工場の職員が、暴行及び傷害事件により同年一一月ころ逮捕され、引き続き勾留された後起訴され、昭和五四年二月に至つて釈放されたが、この場合においても右職員に対する起訴休職処分は行われていないこと、板橋東清掃事務所において、職員四名が、改造ピストルを所持していたという銃刀法違反事件が発覚し、これが大きく新聞報道されたが、逮捕起訴された一名については、起訴休職処分に付されたものの略式起訴された他の三名については右処分に付されなかつたことの各事実が認められる。

しかしながら、起訴休職処分をすべきかどうかは、単に公訴事実の具体的内容、罪名及び罰条のみならず、起訴に関連する諸般の広範な事情を総合勘案して、個別的、具体的に決定されるものであるから、原告が挙げる点の比較だけでは、各事例における処理と本件起訴休職処分との間に不均衡があるかどうかを直ちに論ずることはできない。のみならず、原告に対する本件起訴休職処分には、十分な合理性、必要性があつたものと認められることは既に判示したとおりであるから、他の刑事事件に関し起訴された職員について起訴休職処分がなされなかつたからといつて、そのことのゆえに本件起訴休職処分が違法となる理由はない。

(四)  したがつて、本件起訴休職処分には原告主張のような裁量権の濫用があつたものとはいえない。

4  不当労働行為について

原告が、職員団体である東京清掃労働組合板橋東支部の組合員でありかつ青年部長であつたことの事実は当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和五〇年八月ころより組合活動として減員減車反対闘争、不当配転反対闘争に取り組んでいたことが認められる。しかしながら、被告が原告の右組合活動を嫌悪して本件起訴休職処分に及んだと認めるに足りる証拠はない。

かえつて、成立に争いのない乙第四号証、証人越智恒温の証言により真正に成立したものと認められる乙第九号証、証人越智恒温、同山田達三の各証言によれば、原告が昭和五一年三月一九日凶器準備集合罪の容疑で現行犯逮捕されたとの新聞報道に接した東京都清掃局長は、同年五月四日付文書で、被告に対し原告に関して公務外非行事件があつたとして報告をしたこと、被告の人事担当部局である東京都総務局は、直ちに原告の右所為に関する調査を行つたこと、被告は、同年六月八日、被告の諮問機関である東京都職員懲戒分限審査委員会に対して分限処分についての諮問をしたこと、同委員会は、東京地検の担当検事、四谷警察署の担当係官から事情を聴取するとともに、清掃局長の報告書、東京地方検察庁の公訴事実要旨回答書、原告の逮捕を報道した新聞等の関係資料を検討し、原告の起訴事実、罪名及び罰条、原告の職務上の地位、職務内容等について調査したうえ、同日、原告については起訴休職処分に付することが相当である旨の答申を行つたこと、被告は、右答申に基づき検討を重ねた結果、同月一六日、原告に対し処分説明書を付して地方公務員法二八条二項二号による本件休職処分をしたことの各事実が認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

右事実によると、本件起訴休職処分は、原告が刑事事件に関し起訴されたこととこれに関連する諸般の事情を考慮して、地方公務員法二八条二項二号に従つてされたものと認めるのが相当である。

したがつて、この点に関する原告の主張も採用することはできない。

5  以上検討したところによれば、被告がした本件起訴休職処分は適法であるというべきである。

三  よつて、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 越山安久 星野雅紀 三村量一)

(別紙)

原告は、左記期日、罪名、公訴事実により起訴された。このような状態で公務に従事することは、公職の信用を失墜させるおそれ、職場の秩序維持に影響を生ずるおそれ、及び職務専念義務に支障が生ずるおそれがあり適当でないので本件起訴休職処分を行うものである。

昭和五一年三月三〇日起訴分

一 罪名 軽犯罪法違反

二 公訴事実(要旨) 被告人は、昭和五一年三月一九日午前九時五〇分ころ、東京都新宿区霞岳町一番地明治公園青山口前路上において、鉄パイプ六〇本は木製箱に入れ、二段伸縮式鉄パイプ一八本はホツトドツクの看板の中に入れたうえ、これらを自己の運転する軽四輪貨物自動車の屋根上に設置してある荷台及び後部荷台に隠し持ち、もつて正当な理由がなくて人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具を隠して携帯していたものである。

昭和五一年四月二二日起訴分

一 罪名 贓物運搬

二 公訴事実(要旨) 被告人は、昭和五一年三月一九日午前九時四五分ころ、東京都新宿区霞岳町一番地明治公園青山口前路上において、氏名不詳者が他から窃取してきた軽四輪貨物自動車一台を贓物であることの情を知りながら運転し、もつて贓物の運搬をなしたものである。

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